「人生の法則」(地球学校のシステム)

〜あなたはあなた自身の力ですでに完璧な人生を手にしています〜

 

 

人間にはみな平等に与えられている能力があるのをご存知ですか?

それは私達は皆、すでに 100%自分の思った通りの人生を歩んでいる、そして歩んでいける、という能力です。それは、「今までも、そしてこれからも」です。

意外に思われる方も多いでしょう。実は皆さんその真実に気付いていないだけなのです。

そこには実にシンプルな法則が隠されているのです。

 

あなたは今、どんな人生を歩んでいますか?

どのような人生を送りたいですか?

どのような自分になりたいですか?

 

 

誰もが幸せな人生を願っていることでしょう。

でもなかなか思うようになっていない…そう感じてる方が多いかもしれません。

それは地球学校のシステムを理解してない状態で、みんな懸命に頑張ろうとするからです。

 

この今まで明らかにされていなかった、地球学校のシステムを理解することにより、真の自分を知り、そして自分自身の力で最高の幸せを手にしている、ということに気づくことができます。

 

そして今までの人生の意味を知り、更にこれからの人生を自分自身の手で輝かしい人生へと、導くことができるようになるでしょう。

 

前世療法を中心としたカウンセリングから、問題を解決していく中で見えてきた、

「人生の法則」(地球学校のシステム)を多くの方々に知ってもらいたく、今回講演会を開催することにいたしました。

 

この講演会が、あなたの本来の美しい魂に、光を灯すことができますように…。

 

 

ヒーリングスペース フォレスト代表 陣野智巳


 

 

1、出来事には意味はない。あなたが意味を与えている。

意味がないというのは無意味と言うことではなく、その出来事に対して、あなたが意味を与えているということ。

そこには体験、現象、事実があるだけ。

出来事、体験に対して自分がどう価値を与えているかで、あなたにとっての出来事の意味が決まってくる。

出来事から何を学ぶのか、気づくのかが大切。

 

 

2、マイナス思考とプラス思考とプラス的思考。

マイナス思考…天が私に力など貸してくれるはずがない。どうにもならない。あいつが悪い。

(悪いと思う出来事+不安・あきらめ・怒り)

問題はさらに拡大していく。

 

プラス的思考…すべて天にお任せ。まあどうにかなるさ。

(課題+どうにかなるさ、いずれ助けてもらえる)

問題は解決できないまま。

 

プラス思考……全力で努力した。あとの結果は天にお任せ。

(課題+どう改善するか)

目の前の問題としっかり向き合って、諦めずにそれを解決する。

解決するまで諦めなければ、間違いなく解決する。そして、それは宝物になっていく。

 

この手で、この足で、この眼、耳、鼻、口でたった今、私が何をするのかが大切。

 

 

3、こうあらねばならないが○×を作る。

「こうあらねばばらない」「これこそが○だ」と思った瞬間、それ以外は「×」になる。そしてその×と戦ったり、脅えたりしなくてはいけなくなる。○をもらうために、苦しまなくてはいけなくなる。

100点(完璧)を目指すのは素晴らしい。しかし、 100点を取れなかったからと言って、自分を否定する必要はない。

100点の基準など、どこにもない。自分が作り出した基準・枠が○×を作りだす。

100点でなければ 0点だと思っている。 0点だと思っている自分は 30点も取れなくなる。

赤点(30点以下)でなければ卒業できる。


 

4、分別心と無分別。

あなたにとって、「どちらが良いか」はあるが、「優っている、劣っている」「良い、悪い」というのはない。

優劣は状況によって発生する(テストの点数等)が、それは単なる一つの基準によって生まれるだけ。それが 3次元(二元性)の世界。

その基準はだれかが作ったもの。基準そのものが絶対ではない。時代、国、個人によって違う。

しかし、魂・本質に優劣はない。全てがもともと完璧なものだから。

物事を分け隔てる心、比べる心(分別心)が問題を作り出す。問題が元々存在するわけではない。

分別を付けるのではなく、無分別になること。

そうすれば何も悪いことは起きていないことがわかる。

 

5、感情は雲であり、教科書である。

ネガティブな感情は湧き上がってくる雲のようなもの。風が吹けばどこかに飛んでいく。

しかし、ほとんどの人が、その雲の中に入り込んでしまう。捕らわれてしまう。

人間である以上、喜怒哀楽はなくならない。それは人間に目や鼻があるのと同じように特性として備わっている。しかし、感情を超えることはできる。

その感情や記憶・出来事を通じて、大切なことを学ぼうとしている。

 

6、記録・記憶や自分以外のもので自分を定義しようとしている。

記憶はあくまでも記憶であり自分ではない。反省は必要だが、過去の記憶は今の自分ではない。

記憶や過去の出来事は間違いのない事実であるから、それを変えることは不可能。

過去の記憶を自分だと勘違いすると、変わることはできなくなる。

更に、自分以外のもの(過去の出来事、行い、肩書、学歴、お金、持ち物等)で自分を定義しようとしている。それは全て自分以外のものである。自分以外のもので自分を定義しようとすると、自分が幸せになるためには自分以外のものが思い通りになる必要がある。そうすると、不安感や怒りが湧き上がってくることになる。そして奪い合いが始まる。心まで奪い合おうとする。

過去の出来事や記憶を踏まえて、今の自分がいかに進むかが大切。

記憶や自分以外のものは、自分ではないことがわかれば、たった今この瞬間に変わることができる。

自分以外の何かではなく、自分自身を認め、条件に捕らわれないこと。

 

 

7、周りの出来事はあなたのネガティブ感情をつついているだけ。

あなたの周りに問題が起きているのではない。

周りはあなたのネガティブな感情(怒り、寂しさ、不安感、自己犠牲等)を「それをどうにかしなさいよ。」「持ったままでは幸せにならないでしょ?」とつついているだけ。

つつかれたあなたが、嫌だと言っているだけ。

そのネガティブ感情がなくなれば、周りはそれを教えてあげる必要が無くなる。

周りの人の対応も状況も、がらりと変わって来る。「私が変われば世界は変わる。」


8、どういう自分でありたいか。それが人生の目的。

優しさ、思いやり、自信、許し、勇気、寛容、 etc。そんな自分でありたいと望んでいるはず。

そんな自分であれば、どんな環境であっても間違いなく幸せな人生を送れることもわかっている。

そこに他の人のことは言っていない。自分がそうなれば幸せが手に入ることがわかっている。

そういう自分になることが人生の目的。仕事や名誉、地位等は手段やおまけ。

子供に「将来の夢は?」と聞きながら、職業(手段)を聞いている。「どういう人になりたい?」とは聞いていない。

例えば子供は「看護婦さんになりたい。」と言うが、それは人を助けられる優しく強い人になりたいと言っている。そういう自分になれば、どんな状況であろうが幸せな人生が送れることを、魂の奥底でわかっている。

 

9、どんな時も。(人生の教科書→学び→実践→幸せ・安らぎ)

苦しい時も、辛い時も、嫌な人にも、許せない人にも…自信があり、優しく思いやりのある自分でありたいと望んでいる。その自分が置いた前提である「苦しい時、辛い時 etc」が人生の教科書。

そして、あなたの望みの前提部分が現実化してくる。それが教科書であり、教科書は自分が望んだもの。教科書だからしっかり学ぶ必要はある。学び終えた時に手放すことができる。

しかし、「学ばなくてはいけない」をいつまでも続けると、学ぶだけ、修業だけの人生で終わってしまう。本来の目的が達せられなくなる。

例えば足し算を学ぶ目的は、問題集を解くことではない。それを使って、お買い物をして幸せになること。目的は学んだことを実践して幸せを手に入れること。学びは手段である。

 

幼少期のトラウマやつらい苦しい出来事は、今回の人生の教科書を手に入れる作業。

荒波の中を泳げるような強く優しい自分でありたいと望めば、荒波が必要。その望みどおりに荒波が与えられる。荒波の先には何があるのか見えない。そうすることで 100%の体験、学びができる。

しかし、荒波が来る間は本来の目的が達せられない。その学びはまだ必要?

 

 

10、物事を道徳律で判断していないか。

 多くの人が、物事を良い悪い(道徳律)で判断している。そこに混乱が起きてくる。

良い悪いで判断するのではなく、自分が相手に対してエネルギーを与えようとしているのか、奪おう・もらおう・コントロールしようとしているのかで判断することが大切。

例えば、職場の同僚にお茶を出すことは間違いなくいいこと。

しかし、本心で「お疲れ様。ありがとう。」という気持ちで出しているのか、「良い人だと思ってもらおう。」「叱られないようにしよう。」という思いで出しているのか。

前者はエネルギーを与えようとしているが、後者はエネルギーをもらう、コントロールすることが目的。後者の根底には不安感・恐怖心がある。そしていずれ破綻する。

魂にお茶は必要ない。そこには心のエネルギーのやり取りがあるだけ。



11、全ての出来事は、私の望んだとおりになっている。(人生の法則…1)

神(宇宙)はあなたの望みを 100%叶えてくれている。

あなたの望みは間違いなく「最高の自分。最高の幸せ。」を自分の手で手に入れられる自分になろうという望み。

「なぜこんなことが起きてしまったんだろう」「どうしよう…」と思い悩んだり、その出来事に埋没するのではなく、「私はこの出来事を何のために望んだのだろう。」「私は何を学ぼうとしたのだろう。」「そして、その目的はなんだったのだろう。」と考えてみることで、答えが見えてくる。

自分を罰するために苦しい人生を選んでいないか。周りの人は、あなたが与えた役柄を演じているだけ。

都合がいいことが起きると「思い通りになった!」。都合が悪いと「思い通りにならなかった。」と言う。しかし、全て自分の思い通りになっている。

 


12、全ての出来事は、私が幸せになるために起きてくる。(人生の法則…2)

全ての魂の望みは、全ての人が笑顔で幸せになること。そのために全てのことを望んでいる。

つまり、「全ての出来事は、私が自分の手で最高の幸せを手に入れられる。そんな自分になれるように起きている」。

宇宙の法則・・・「愛と成長」。宇宙は神そのものだから。

 


13、私には100%の自由が与えられている。(人生の法則…3)

自由に生きるという自由もあれば、不自由に生きるということを選択する自由もある。

解放されるという自由もあれば、拘束されることを選択する自由もある。

それが100%の自由。あなたが自身がその自由の中で全てを選択し、体験し学ぼうとしている。

 


14、自分を明け渡す。

人生の奥底には、大河の流れのようなものがある。その流れは必ず大海に行きつく。

しかし多くの人が、その流れに逆らったり、流れを変えようとすることを努力だと勘違いしている。

流れに身を任せること、自分を明け渡すことで人生がスムーズに流れ始める。

日々の中でもちろん努力は必要。しかし、自分の力ではどうにもならない状況に不満を持ったり、不安がったりする必要はない。その時こそ、その状況の中に自分を明け渡す。

そして、その流れの中で努力をする。

 


15、自分の人生の責任は全て自分にある。

自分の人生の責任は全て自分にあることに気付き認めた時に、全てが好転し始める。
相手に責任があると言ってる間は、自分の人生は相手任せということになる。

思い通りになるはずがない。
しかし、自分で責任を負うということに気付いたときに、自分の人生は自分のものになってくる。
自分でどうにでも出来るということがわかってくる。本当の自分の人生が歩める。
幸福は、周囲で起こることに左右されるのではなく、起こることに自分がどう対処するかで左右される。


16、「信じる」と「気付く」。

あなたは物が上から下に落ちることを信じますか?「信じる」というより「当たり前」。

物は上から下に落ちるということは「当たり前」と思っているから、何も気にせず普通に生活が出来る。「信じる」の裏には「そうではないかもしれない。」と言う思いがある。

「信じる」のレベルでは、不安が生じてくる。

人生の法則や宇宙の法則を信じるのではなく、「当たり前」のレベルになった時に、全てが思い通りになっていく。

「気付く」ことができれば、当たり前になる。なにも気にならなくなる。真の自由が手に入る。

それが気付くということ。

 

17、幸せを、他人の評価・自己犠牲・ねばならないで求めようとする。

他人の評価、ねばならないは常に変化する。時代、国、地域、個人、気分によって違う。

そのあいまいな物を通じて幸せを手に入れようとしていないか。

ましてや自分が犠牲になっても、幸せが手に入るはずがない。自己犠牲は他人を幸せにして、そのおすそ分けをもらおうとしているようなもの。結局その人の足を引っ張ることになる。

泥沼の中にいるあなたが、いくら皆を幸せにしたいと言っても説得力はない。

まずあなたが幸せを手に入れること。その幸せのおすそ分けすること。

溺れている人を助けたいのなら、自分は絶対に沈まない船に乗っていなくてはいけない。

しかし、その船を造る必要はない。造ろうと思えば、また辛い学びや修行が必要になってくる。その船は既に全ての人が平等に持っている。そこに気付き、絶対に沈まない船に乗る許可を自分に与えること。自分が幸せになることを許すこと。それがみんなが幸せになる第一歩。

 

 

18、本来の道と、そうではない道。

違う道(他人の評価、自己犠牲、ねばならない)に進もうとすると、ストップがかかってくる。

全ては、あなたが幸せになるために起きている。あなたが道を間違えば。修正をかけてくれる。

修正の力を問題が起きていると勘違いしていないか。

 

 

19、ダメだと思っていなければ成長できない、という思い込み。

・幸せ・最高の自分になるためには、走り続けなければいけない。

・走り続けるためには、自分に満足をしてはいけない。

・満足してしまえば、そこにとどまってしまう。

・走り続けなければいけないから、自分をダメだと思っていなければいけない。

ダメだと言っているあなたは、いつになったら幸せ、最高の自分になれるのだろう。

幸せの前提に苦労は必要ない。苦労が必要なあなたは、いつになったら幸せが手に入るのだろう。目の前にニンジンをぶら下げて、走り続けているようなもの。永遠にたどり着けない。

努力と苦労は別物。苦労を努力と勘違いしてはいないか。

 

20、謙虚と自己否定。

謙虚とは自分を否定することではない。相手を認め感謝すること。全てを素直に受け入れること。そのためには、まず自分を認めることが必要。自己否定は羨望と卑下を作る。

そのままの自分を認めた時に初めて謙虚になれる。

自己否定、罪悪感、自責の念が全ての問題の原因。ほとんどの場合、前世に原因がある。

反省は必要だが、自分を否定する必要ない。否定したら進めなくなる。

 

21、本質的な原因と表面的な現象。

原因はすべて自分の心の中に存在する。目にみえる現象はそれが表に現れているだけ。

周りの人は、あなたが学ぶために与えた役割を演じてくれているだけ。

あなたが気付き、学び終えれば周りの人の役割も終了する。

状況や対応がガラリと変わる。

 

22、幸せになるために犠牲が必要なら、それは幸せではない。

全ての人が間違いなく満月のような幸せ、安らぎを求めている。

幸せのために何かを犠牲にした時点で、あなたが求めた満月のような幸せではなくなる。

もし、どうしても犠牲が必要なようであれば、今まであなたが持っていたものが、本当の幸せの邪魔をしていたか、あるいはあなたが求めていた幸せそのものにズレがあったかである。

犠牲によって得られる幸せなどあり得ない。

それは、幸せを取引で手に入れようとしているようなもの。完璧な宇宙に取引は必要ない。

 

 

23、人生の 3ステップ 。

@人生の部品を作る。A部品を使って機械(自分)を組み立てる。B人生の本番。機械を使う。

@Aの段階では不安感も必要。不安感があるから、きちんと作れる。

しかし、Bの段階では不安感は邪魔になる。スイッチが入れられない。

不安感から確信に変わる必要がある。確信に変わった時に人生の本番が始まる。

 

24、許してほしければ、だれかに許してもらうのではなく、自分が自分を許すこと。

誰もあなたを罰してはいない。

宇宙はあなたに100%の自由を与えたのだから、宇宙もあなたを罰することはない。

あなたが自分自身を罰しているから、周りはあなたの望みどおりに、それを手伝ってくれているだけ。あなたが自分を罰しようとすれば、あなたを罰する人が必要になる。

あなたを罰した人はまた罪悪感を感じることになる。罪悪感と自罰、自己犠牲の連鎖が始まる。

人や自分を許せない自分を許す。

それは恨むことや罰することを許可することではなく、許せていない自分を責めない。

今は許せていなくても、数年後には許せている。今は成長の過程にいるだけ。

 

25、幸せは定員制ではない。

全ての人に幸せの椅子は用意されている。幸せは椅子取りゲームではない。

幸せになるために、自分以外のものに条件を求める必要もない。

椅子は限られた数しかないという思い込みが、恐怖や怒りを生み出し、奪い合いが始まる。

物だけではなく、心・愛までも奪い合う。

 

 

26、何かのふりをしない。

優しい人のふり、元気なふり、優秀なふりをしない。

こんなふりをしている自分を認めてもらえないと言って、それが怒りや緊張、不安感、寂しさに変わる。「ふりをする」というのは、前提に自己否定がある。

本当にそうであれば、ふりをする必要もないし、認めてもらう必要もない。

 

 

27、目的地と現在地。

地図を見るうえで、目的地を決めても、現在地がわからなければ道はわからない。

目的地は地図に書いてあるが、現在地は自分で特定しなければならない。

現在地を知るということは、ただ「私はここにいる」ということ認めるだけ。良い悪いの判断は必要ない。良い悪いの判断をすると、現在地はわからなくなる。

現在地、つまり今の自分は、「全てをそのまま認めた時」にわかる。そして道が見えてくる。

さらに、全てを認めた時に、現在地が目的地であることがわかってくる。

なぜなら、あなたは元々完璧な存在であるから。

 

 

28、不完全こそが完全。

自分の足りない部分、それがあなたの宝である。

自分の不完全さを責めるのは、完全というものを知っている証拠。それは、もともと完全であった自分のなごりである。

もともと不完全であれば、不完全であることすらわからない。

 

・完璧である私たちは更なる成長を求めた。

・成長するためには体験が必要。

・体験をするためには変化が必要。

・変化が起きるためには不安定が必要。

・不安定になるためには不完全が必要。

私たちはこの地球に成長を求めてきた。成長のためには不完全が必須条件。人間は不完全で完全。

 

29、目標を心の成長に置く。

 成長とは何かができるようになるとか、地位や名誉を得ることではない。

心そのものの成長である。全てはあなたの心の成長のために起きて来る。

周りの出来事をその視点でみることで、全てが感謝に変る。真の成長が始まる。

 

 

30、エゴの望みと魂の望み。

 私たちは魂の成長のために生まれてきた。魂の成長とは心の成長であり、魂そのものの望み。

魂の望みとは「無償の愛、安らぎ、幸せ、笑顔、慈愛、優しさ、許し、受容、一体感、自由等」。

しかし、多くの人がエゴの望みを優先させてしまう。

エゴの望みとは「物、金、地位、名誉、肩書き、周りの評価等」。それがさらに進むと「奪い合い、強制、自己否定、自己犠牲、見返り等」になってくる。そこに恐怖・怒り・諦めが作り出される。

エゴの望みは本来、魂の望みを達成するための手段であったが、いつの間にか目的にすり替わってしまっている。さらには、そうなることを教えられ、強制されてきた。

魂の望みとエゴの望みは車の両輪のようなもの。その両輪の回転が同じ方向を向いていれば、着実に前進する。しかし、魂とエゴの望みが逆回転をし始めると、同じところでクルクル回り、進めなくなる。魂の望みは決して変わらないから、エゴの望みをそれに合わせることで前進が始まる。

 

 

 

31、あなたの中のダメだと思っている部分があなたの宝である。

 多くの人が「こんな弱くて情けない自分はダメだ。ダメな自分はもっと頑張らなくちや。」と思っている。しかし、そのことによって自分の力を削いでいることに気づいていない。

弱くて情けない自分が、人の苦しみや悲しみに気づくことができる。

人の苦しみに気づけた自分が、優しく思いやりのある自分になれる。

優しく思いやりのある自分が、幸せになれる。

つまり、あなたを幸せにしてくれる天元は、あなたの中の「弱さや情けなさ」である。

それこそが、あなたの中の絶対に沈まない船であり、宝物である。

 

 

 

32、私たちは神であることをあえて忘れた神である。

 私たちは、完璧であることをあえて忘れることによって、成長を目指した勇気ある存在である。

スタートもゴールも、そして自分がどういう存在であるのかも、全てを忘れることから始まった。

私たちは、エデンの園からの追放された罪深い存在ではなく、自ら成長を目指して冒険に出た勇気ある魂である。そういう勇気ある存在である自分を、否定する必要は全くない。

 

 


「ギブランの預言書」

あなたの子供は、あなたの子供ではない。待ちこがれた生そのものの息子であり、娘である。

 

あなたを経て来たが、あなたから来たのではない。あなたと共にいるが、あなたに属してはいない。

 

あなたは愛を与えても、考えを与えてはならない。なぜなら、彼らには彼らの考えがあるから。

 

あなたが彼らのようになる努力はしたとしても、彼らをあなたのするようにすることを求めてはならない。

 

なぜなら、生は後戻りしないし、昨日のままにとどまりもしないのだから。

 

あなたは弓である。そして、あなたの子どもらは、生きた矢としてあなたの手から放たれる。

 

弓をひくあなたの手にこそ 喜びあれ。

 

(カリール・ギブラン、1883~1931、 レバノン生まれの詩人・哲学者・画家)

 

 


「悩める人々への銘」

大きなことを成し遂げる為に  強さを求めたのに 謙遜を学ぶようにと 弱さを授かった

 

偉大なことをできるようにと  健康を求めたのに より良きことをするようにと 病気を賜った

 

幸せになろうとして  富を求めたのに  賢明であるようにと  貧困を授かった

 

世に人々の賞賛を得ようと  成功を求めたのに 得意にならないようにと  失敗を授かった

 

人生を楽しむために  あらゆるものを求めたのに あらゆるものを慈しむために  人生を賜った

 

求めたものは一つとして与えられなかったが  願いは全て聞き届けられた

 

私は もっとも豊かに祝福されたのだ

 

(アメリカ南北戦争の一無名兵士が病院の壁に書いていたもの)